日下部太郎とグリフィス
今日は、事務所の掃除と書類整理。基礎屋さんが見積もりを持ってきてくれたので、見積作業など行いました。
今日は、お出かけにならずに、家で過ごした方も多かったのではないかと思いますが、私もお昼にテレビの福井放送で、福井にゆかりのあるウィリアム・E・グリフィスを紹介した番組を見ました。
日下部太郎という青年が、日本の国のお役に立ちたいという想いをもって、福井藩に願い出て、アメリカにわたりラトガース大学というところに入り、そこでグリフィスと出会うようです。日下部太郎を通じて、グリフィスは日本への関心が高まったと。
日下部太郎は、優秀な生徒であったのですが、肺結核を患い24歳の若さで在学中に亡くなってしまいます。
しかし、その後福井藩の要請で、グリフィスは日本に教師として迎えられることに。
そこでまた、純朴な福井の人たちに触れられたことが、日本人に特別な想いを持つことになったようです。
来日してしばらくして、ちょうど廃藩置県があり、福井藩も無くなってしまい、福井に居たのは11か月くらい。その後、東京に呼ばれて、今の東大の教師として働くことに。
しかしまた、グリフィスは日本を離れてアメリカに帰ることとなるのですが、3年ほどの滞在期間の中で体験したことを、その後、日本を紹介した「皇国(ミカドの帝国)」という書物を書き、日本をとても優れた国として広めてくれた人物だったようです。
私が感心したのは、日下部太郎という若者が、志半ばで亡くなってしまうけれど、その流れから、福井藩、そしてこのグリフィスという人を動かして、後の日本の役にたったと思われることです。
日下部太郎という人が無くなった時には、大学も休校して喪に服し、そのアメリカの地に墓石もあるというので、本当にすごいなと思いました。
志って、本当に大事だなと思い知らされるお話しです。