FP屋根パネル搬入
今日は、朝一に屋根パネルの荷受けと養生。11時からお客様来社打合せ。午後は、外壁リフォームの現場確認とサッシの調整作業立会い。その他は、設計作業と見積作業でした。
屋根パネルの材料も多いです。お天気の中荷下ろしが出来て良かったです。
屋根パネルも、今回は種類がいろいろあります。荷出しの段取りも大事ですね。
材料を置く場所も、ほぼいっぱいになりました。後は、当日便になります。
今日が、本当は建て方予定日でしたが、先週の時点で延期を決めました。
今回は、屋根の始末を考えると、2日に渡る可能性があったため、2日お天気が続く日を選んで、4/3(金)としました。
お天気も自然相手のことですから、絶対とも言えないし、判断は本当に難しいものです。
コロナウィルスの事で、政府も判断の難しいところをやっております。批判とかしてるんじゃなくて、出来る協力を国民として進めていきたいものだと思うところです。
構造材荷受け
今日は、朝一に現場作業。午後も材料荷受けと現場作業。その他は設計作業でした。
床に敷いたブルーシートを、朝にめくって、再度午後から敷き直しました。
1階の柱と梁材が搬入されました。水路をまたいで荷下ろしするのですが、ユニックにも種類があって、これはアームが長く伸びるほうで、もう1台の材料もこのユニックで降ろしました。
もう十分たくさんの材料ですが、明日また屋根パネルが入ってきます。
敷地に余裕はあるのですが、電柱のワイヤーが邪魔なところに通っていて、クレーンで吊れる位置まで、ユニックで荷下ろししておく必要がありました。
事前に時間がかかってもいいので、下ろしておくのが最善と考えて進めています。
日下部太郎とグリフィス
今日は、事務所の掃除と書類整理。基礎屋さんが見積もりを持ってきてくれたので、見積作業など行いました。
今日は、お出かけにならずに、家で過ごした方も多かったのではないかと思いますが、私もお昼にテレビの福井放送で、福井にゆかりのあるウィリアム・E・グリフィスを紹介した番組を見ました。
日下部太郎という青年が、日本の国のお役に立ちたいという想いをもって、福井藩に願い出て、アメリカにわたりラトガース大学というところに入り、そこでグリフィスと出会うようです。日下部太郎を通じて、グリフィスは日本への関心が高まったと。
日下部太郎は、優秀な生徒であったのですが、肺結核を患い24歳の若さで在学中に亡くなってしまいます。
しかし、その後福井藩の要請で、グリフィスは日本に教師として迎えられることに。
そこでまた、純朴な福井の人たちに触れられたことが、日本人に特別な想いを持つことになったようです。
来日してしばらくして、ちょうど廃藩置県があり、福井藩も無くなってしまい、福井に居たのは11か月くらい。その後、東京に呼ばれて、今の東大の教師として働くことに。
しかしまた、グリフィスは日本を離れてアメリカに帰ることとなるのですが、3年ほどの滞在期間の中で体験したことを、その後、日本を紹介した「皇国(ミカドの帝国)」という書物を書き、日本をとても優れた国として広めてくれた人物だったようです。
私が感心したのは、日下部太郎という若者が、志半ばで亡くなってしまうけれど、その流れから、福井藩、そしてこのグリフィスという人を動かして、後の日本の役にたったと思われることです。
日下部太郎という人が無くなった時には、大学も休校して喪に服し、そのアメリカの地に墓石もあるというので、本当にすごいなと思いました。
志って、本当に大事だなと思い知らされるお話しです。







